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悲しい別れがありました

昨日7/22私の父が亡くなりました。

享年74才 胸部大動脈流破裂で別れの準備もできないまま あっと言う間に旅立ちました。

昨日は私が初めてのPET検査の日で、通常の外来だけではなくドックも同時に行ったので約六時間程病院に留まっておりました。

私の実家は歩いて3分もかからないような位置なのですが、その日病院からの帰宅途中実家のすぐ手前の公道に救急車が止まっていて・・・

とにかく胸騒ぎがしたので、実家を覗くと誰もいない・・・

隣の方が私に気づき 「○○(本名)ちゃん その救急車にお父さんが乗ってるのよ!!」

と教えてくれました。

正に救急車は受け入れ先の病院の手はずをとっている最中、ギリギリのところで私も救急車に乗り込む事ができました。

もともと狭心症の持病を持っている父、内心またいつもの発作かなと思っている母と私が居ました。

そんな中父は救急隊の方に「いつもの痛みと違う」 と必死に訴えてました。苦しそうに・・・

その上、ひたすら左肩が痛いと・・・横になっているのが辛いと・・・

受け入れ先の病院が決まり、間もなく救急車が走り出してしばらくすると・・・

あまりの痛みに父は2度3度体を起して痛みを訴えました。

15分程で病院に到着、その時父の痛みも和らいでいるように見えたのですが、

なんとなく目が合った父が何やら訴えているような感じもしました。

そのまま救急処置室へ・・・その後X線・CT検査・・・

その間私と母は何も疑うこと無く、入院手続きの書類を記入しておりました。

あわただしくCPUへ移動・・・救急隊の方がお帰りになるので頭を下げると・・

「具合が悪くなった時点で救急車を呼んでくれれば良かったのに・・・」と一言

何の事やらさっぱり分かりませんでした・・その時は

家族待合室で待っていると先生の説明があるとの事で別室へ・・・

次々に画像と説明が・・・

先生「これが普通の血管の太さ ここの部分が動脈瘤があった場所 少し石灰化してる跡があります」

何・・動脈瘤って 石灰化って前からあったって事???

戸惑う私たちに先生はさらに続けます

先生「右側が普通の肺で黒く見えてます。左側の白くなっている肺は血管が破裂して血液が溜まってしまっています。こうなると心臓が幾ら動いても血液が外に出てしまうばかりで・・・もう体の中に血液は残っていません」

???

私「先生それはもう手遅れって事なんですか? 父はもうダメなんですか?」

先生「残念ながら こうなってしまったら 手の打ちようがありません。どうぞ最後を見守ってあげて下さい。」

そのまま私と母は父の元に・・・

そこには、痛がる様子もなくただ人口呼吸器をつけて眠っている父がいました。

人口呼吸器が有るため、呼吸もしていて心拍も打っている・・・

ただ寝ているだけの父がいるようにしか見えない

手を触ってみる・・・なぜかもう冷たい・・・血液が巡っていないせい?

しばらくすると心拍数が下がってくる・・・

看護婦さんが「合わせたい人がいれば早く・・・」とドラマのような事を言ってくれる

とっさに息子と娘をと考え、自宅に電話

留守番電話に 父と一緒に救急車に乗ったことしか告げていない旦那さんに

私「父が逝ってしまいそうなの・・・子供たちを早く連れて来て!!」

それだけ伝えて父のところに戻ると・・・

心拍を打っていない・・・逝ってしまった・・・私がいない時に・・母にだけ見てもらって・・

その後先生が「確認をさせて頂きます。 午後8時8分お亡くなりになりました・・・」と

まるでドラマそのまま・・実感がわかない

父の顔はまるで眠っているだけのようで・・・

「お父さん起きてよ-」無駄だとは思いながらもこう叫ばずにはいられなかった・・・

看護婦さんたちに体を奇麗にしてもらっている間に私の家族が到着

間に合わなかった事を告げた途端に 小2の息子が号泣しだした。

予想もしていなかった・・・もう人の死を受け止められるようになったんだ・・・

息子「おじいちゃんの着ていた洋服は僕が持って帰る」と言って大事そうにかかえていた。

気がついたらいつのまに時間が経っている感じ

日付が変わったので今日24日お通夜 昼過ぎには自宅から父を送り出さなくてはいけない・・・次帰ってくる時に父の体は・・・

こんな事をブログで書いても・・・とは思いつつも 寝れないんです。

じっとしてると涙が出てきてしまって・・・書いていても涙はでるけど・・・

何かしていないと辛いんです

夜が明ければまた忙しくなるので少しは気がまぎれるかな・・・

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心と体」カテゴリの記事

コメント

初めまして、good speedと申します。

私の父も2週間ほど前に亡くなりました。
父は3週間前の7/3夕刻、頭が痛いということで、
病院へ。その後、意識がなくなり緊急手術。
でも、意識は戻らず1週間後に逝ってしまいました。

その日の朝、さくらんぼを買いに母と二人でかけ、
仕事もこなしていた父が突然の出来事に
現実感がありませんでした。。

葬儀等が終わり今、あらためて実感がわいて来てます。

突然の別れはほんとに辛いですよね。
それでも、残された人間は生きなくてはいけないんですよね。。

投稿: good speed | 2007年7月24日 (火) 10時41分

突然の事に、まだ信じられないお気持ちでしょうね。
肉親を亡くすということは、本当に辛い事だと思います。

お悔やみ申し上げます。
また、伺いますね。

投稿: Sable | 2007年7月24日 (火) 11時07分

本当に突然の事で、つらいですね。
私の父は、6年前に他界しました。末期の肝臓ガンが分かり、2ヶ月の入院の後、逝ってしまいました。人はいつか眠りにつく事は分かっていても、「親は別」と、どこかで思っているんですよね。父の入院中、私は産まれたばかりの子供を連れて、実家に戻り、毎日、病院へ通いました。もっと、早く、気がついてあげていれば・・・と思う事もありましたが、看病もできたし、最期も看れたのだから、と思う様にしています。まなみんとさんが、救急車に間に合ったのは、お父様の想いがあったからだと思います。最期にそばに居られなかったそうですが、大丈夫です。お父様は、ちゃんと分かってらっしゃいます。お父様が心配されない様に、しっかり、お見送りなさって下さい。

投稿: だんご3 | 2007年7月24日 (火) 17時39分

まなみんと → good speedさん
初めまして。
ご自身も辛い中のコメントありがとうございます。
私も葬儀が終わり、親戚たちも帰ってしまってホッとするのと同時にまたジワジワと父の事を思っています。
ホント 残された人間はしっかり生きていかないといけないですね。
分かっていても、やっぱりメソメソしてしまう私がまだいます。これもきっと時間が解決してくれるんですよね。

投稿: まなみんと | 2007年7月28日 (土) 09時03分

まなみんと → Sableさん
コメントありがとうございます。
きっと時間が悲しみを和らげてくれると思います。
これは誰しも味わう試練ですからね・・・

投稿: まなみんと | 2007年7月28日 (土) 09時06分

まなみんと → だんご3さん
コメントありがとうございます。
だんご3さんは6年も前に辛い気持ちをされたのですね。
お子さんが小さかっただけに大変だったのではないでしょうか?
父はとても寂しがり屋でした、特に母と一緒に居ることを好んでいたんです。
きっと最後は「お前はもういいよ、母さんと二人にしてくれ。」ってことだったのかもしれないです。
近くに居させてくれただけで感謝しないといけないですね。

投稿: まなみんと | 2007年7月28日 (土) 09時16分

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